空が青いように・・・見えない世界の備忘録
不思議な物をよく見るうちの子の記録です
DATE: --/--/--(--)   CATEGORY: スポンサー広告
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
DATE: 2017/05/28(日)   CATEGORY: スピリチュアル
何てことない近況を…

 ユーダが高校生になってから早や二か月。
地元でも歴史の古い事で知られるミッションスクールに通っている。それで選んだわけではないが、私立ゆえ見た目にも気を配るのだろうか、制服なども袖のラインや襟の高さなどさりげなく都会的でカッコイイ。
ミッションスクールなので聖書は必携だし、チャペルも存在する。が、入学したユーダが面食らったのは、チャペルが多目的室と化している事だった。
「礼拝堂で視力検査とかやるんだよ。」
そりゃあ、キリスト様もびっくりだねと、思っていたら、別にちゃんとキリスト教の儀式に使われる本物の礼拝堂があるそうで、そこへある時こっそり忍び込んだユーダは(こら)、「やっぱりそっちはちゃんと重々しい雰囲気だったよ。あれが本物だ。」とのたまった。
以前、教会の外で聞いたような怒声も聞こえてこないし、中学校の時のような地縛霊もいないしで、一安心である。

ところで、ユーダが中学校を卒業する少し前くらいに、ユーダのガイドの龍のアーガイルがこう宣言したらしい。
「そろそろ研修期間は終了だね。」
ユーダは見えない世界とのコンタクトをとることは出来るけれども、その能力は限定的で、向こうがこちらとつながろうという意思がないと難しい。(気を抜いていて、ユーダに素顔を見られて慌てた墓守のお武家様みたいな方もいらっしゃるけれども。)
アーガイルによると、見えない世界を理解してもらうための期間がそろそろ終わり、今後は必要な時だけ連絡を取ることになるようで、それ以降、彼以外の存在との接触は無くなった。アーガイルのメッセージをユーダが受けることも間遠になってきている。

いつかまた、時が来たらあの真夜中の怒涛の問答が再開されるかもしれないけれど、そのころにはもうユーダも大人になっているだろうし、自分で色々判断できるようになっているだろう。私が文章をまとめなくても、自分で記録をとれるようになっているはずだ。(大学では論文もあるし、そうなってもらわないと困る。)
ただ、このブログはまったりのんびり更新ながら続けたいと思う。
遅筆な私のせいで、書いていない出来事がまだあるので、それを文章化しておきたい。このようなだらだらブログだが、お暇なときにでもおいで頂けると幸いである。

ここで、最近のエピソードを。何てことない近況のようなものだけど。
ある夜、テレビで食についてのバラエティー番組をやっていて、家族で夕食を摂りながら観ていた。珍しい様々な食材についてその調理方法などを紹介していたが、私はその時、何かが頭の中に染み出すような特殊な感覚で、せつさんの事を思い出していた。おなじみユーダの過去生での奥さんで山菜料理研究家の女性である。勿論、テレビはぜんまいなどの山の食べ物について語っていたのだけど、思い出し方があまりにも面妖で突然だったので、ユーダに訊いた。
「せつさん、来てるんじゃない?」
ユーダははっきりとはしないようで、それでも「来てるんじゃないかなあ。」と応えた。テレビ画面では山菜取り名人の料理実演が行われていて、私はメモを取りながらチェックしているせつさんの姿が見えるような気がした。
「今チャンネル変えたら、やめてくださいってむっとしそうだね」とユーダに言うと笑っていた。その後、しばらくしてテレビを消すとき、ふと周囲を見回して声をかけてしまった。
「もう、消してもいい?」
自分でもおかしくて笑ってしまう。たとえばアーガイルは自分も見えない存在のくせに、こういう事をよくバカにすることがある。彼にはきっと、「何やってるんだ。」と笑われるだろうな。

そういえば、先月のある夜中のことだった。私が先にやすんでいたら、勉強を終えたユーダが部屋へ入ってきた。布団に潜り込んでこちら向きになり、しばらくぼうっとしている。まどろみかけていた私はそれでも気になったので、夢うつつにユーダに声をかけた。と、突然。
「う、わっ!!」と声を上げてユーダが飛び起きた!
「今、誰かが僕の背中をとんとんと叩いたんだよ!」
彼の背中側、すぐ隣りに敷かれた布団では家人がぐっすり眠っている。

「???なんか、あったっけ?」
ユーダはその後、やらなければいけない事を思い出し、ごそごそと起きだして行った。
彼の背中を叩いたのが、アーガイルなのかせつさんなのか、他の誰なのかはわからないけど。
メッセージでコンタクトがとれなくても、何かしら不思議なつながりは日々切れずにあるんだろうなとは思う。


スポンサーサイト
町田さんに関する自家発電 その四 「お誕生日記念 硬めに褒めまくり☆」

フィギュアスケーターは心の中にリンクを一つ持っていると思う。そこに己を映し出す。自分があるべき姿をそこに描き、日々研鑽を積む。
町田樹さんの心の中のリンクはきっと常に製氷したてで、磨き抜かれている。周囲には満員の観客が存在する。
ストイックほどの快楽もまた無いと誰かが言っていたが、彼の場合はスケートへの、又表現することへの愛ゆえにここまでやれるのだろうなと思える。

大学院の勉強と並行して、ショーで披露できるだけの技術も維持(維持どころか進化しているが)する上に、おそらく、次のステージにむかうための下準備もおさおさ怠りなく行っているに違いない。それがどのような方向かわからないが、見守ることがこちらの喜びであることに変りはない。

昨年のジャパンオープンにおいて、ゲストスケーターとして一度だけの新作プログラムを披露された。(幸い、TVで観ることが出来た。)
曲はシューベルトの「アヴェ・マリア」。トランぺット奏者クリス・ボッティ氏によるジャズヴァージョンである。

オーケストラのイントロからすでに、何処かへ連れ去られるかのように、気が遠くなりそうな郷愁を感じた。ライブバージョンの為、演奏者が登場する時の拍手喝采が入っており、町田さんはそれをもうまく利用する。
リンクに最初姿を見せず、観衆の意識を引き付けるだけ引き付けておいて、「歩いて」リンクへの階段を上り登場する。
拍手喝采は音源からと現実の観客からとダブルで、その相乗効果はまさに真打登場。

暗い中、ライトが彼だけを照らす。彼は指揮者のように両腕で弧を描く。
そして、緩やかなトランペットの音色にあわせて、そっと白い水面のような氷上へ滑り出してゆく。
ただ一度だけの演技の、聖なる世界へ誘(いざな)う。
これしか答えは無いと言いたくなるような演出だ。

トランペットの音色がリンク上に導いた、どこから来るものかわからない懐かしさ。
リンクの向こうに舞台があって、アイスショーのFaOIよろしくクリス・ボッティ氏が今まさにそこで生演奏をしているのではないかと錯覚してしまう。
それは町田さんがこの演奏の真っ只中を、生きて溶け合うように滑るからだ。

滑らかな音の連なりが透明なエーテルとなって、この空間を満たしている。
町田さんはその中を伸びやかに舞ってゆく。
エナジーの流れは自由自在だ。目に見えるように。

彼が両の足を踏みしめて両の手で力を込めて押さえつけた何かは、大地の怒りかもしれないし、ぽぅんと投げ上げた何かは、人々の天への祈りかもしれない。
彼のスケートが語る言葉が、観る人の人数分の物語を生み出してゆく。彼のプログラムはその動画が閲覧される限り、永遠に新しい「お話」を産み落とし続けるわけだ。

今宵限りのこのプログラムのハイライトは、トランペットのロングトーンに完璧に音ハメしたロングアラベスク。それも、気合を全く感じさせずに音楽の流れにあわせてきわめて自然に始められ、アラベスクのポーズであの広いリンクをすうーっと一息で横断する。
速度も完全に合わせ、リンクの端で音と共にピタリと終わる。ライブ音源の歓声と拍手に、現実の会場のそれが再び重なる。
驚いて口を「お」の形に丸く開けている一人一人のお客さんの顔が見えるようだ。

たとえ彼よりもスケーティングスキルの良いスケーターであっても、これを演じてくれと言われて、「お安い御用だよ。」とは言わないだろう。
言い過ぎかもしれないが一発勝負の飛び道具のようなもの。失敗すれば、いや多少でもポジションが崩れればこのプロ自体が台無しである。
プレッシャーのかかる難しいプログラムを自ら望んで自作自演する。
院の勉強と並行して一体どういう訓練を積んでいるのだろうと、敬服するとともに、いつものことながらその一途さにいたわしさも感じる。
スケートに対する愛を彼はよく口にしていたが、悲恋プロが多いように、障害の多い恋愛がお好きなのかなと、これはただの妄想。

テーマの「祈り」について、彼は公式サイトで「静謐な時のなかで希望と感謝の意を天に捧げる瞬間」だと定義している。
そこに私は町田樹の印象的な個性を形作る一つの要素を感じる。
それは、「この世界の善性への揺るぎない信頼の念」である。

ちょうど赤子が母親に覚えるように素直な、美しいもの、正しいもの、善きものがこの世界に存在することへの「全き信頼」。
人は理想に過ぎないと言うかもしれないが、若者のポテンシャルの高さがそれをほとんど「真実」の域にまで引き上げる。

フィギュアスケーターとして決して順風満帆だったわけではなく、おそらく我々の知らぬところでも数多くの苦悩にあえいだであろう彼が、若いながら世間は甘くないことを身に染みて知っている彼がそう強く信じていることが、私は愛おしくてならない。
そしてこの朗らかな特質こそが、彼を六人中六番目の候補者からオリンピック出場へと導いた原動力の一つであると言える。

前年の全日本選手権で下位に沈んだため、地方の予選ブロック大会から出場せねばならなかった。短期間のうちに国際大会を含めて実に七回の試合を乗り越えている。
バンクーバーオリンピックでの補欠の選手であったとはいえ、「世界で最も過酷な代表争い」でノーマーク状態から残ってオリンピックに出場、最終的に世界選手権のメダリストまで駆け上がった、1シーズンでそれをやり遂げた事は、十分に奇跡の体現だったと思う。

当時TV中継を観ていた時は、あまり感じなかったのだが、ソチオリンピックで女子シングルの競技を観戦していた彼の姿を改めて見て、これは「観客の顔」でも、「仲間を応援するスケーター」の顔でもないと思った。
「プロデューサー」もしくは「監督」の顔である。
俯瞰して冷静に物事を見つめ、目的に向かって自分のイマジネーションを働かせ、実行することの出来る人間の顔だ。その目指すところは彼が諦めない限り、いずれ明らかになるのではと思っている。

彼の演技は人々の心を深いところで揺さぶる。引退して今年で三年目になるが、アイスショー出演が決まれば彼目当ての客が特に氷上かぶりつきの上席をとろうと頑張り、心の奥で気にかけ、他に新しく贔屓のスケーターが出来たとしても「あいつは特別」だと思っているスケートファンも多い。
あるスケートアニメのプロデューサーとストーリーを手掛けた漫画家の方が彼のファンで、情報収集能力に長けたアニメファンが町田さんを発見し、かなりの数が魅力に嵌ったというエピソードも漏れ聞こえる今日この頃である。

このいささか厄介な、しかし面白い男が愛される理由。
それは至極簡単な理屈だろう。彼が自身の演技を通して与えたものが、
そのままあるいは増幅されて、「還ってきている」のだ。



町田さんに関する自家発電 その三 「プログラムという恋人」
町田樹さんの今年のPIWご出演発表を記念して、昨年のプログラムの感想をひとつ。
(遅すぎる はははっ)
曲は松田聖子。あの聖子ちゃんだ。
一番の大ヒット曲で彼女の自作による「あなたに逢いたくて」である。
私はこのプログラムを観てあることを思い出していた。

 その昔、大切な人に「蛍」というあだ名をつけられたことがある。
直接聞いたわけじゃない。彼の友人がぽろりと言ったことだけど。
なぜ「蛍」なのか。
理系頭のくせに文学青年だった彼は都都逸の一節を思い浮かべたらしい。

『恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』

かんじんなことは全く言葉にしないわたしのことを
黙って燃えているわたしのことを、
「鳴かない蛍」だと言っていたらしい。
こちらが素直じゃないだけだったのかもしれないけどね。

そこに優しい所有格がついていたらどんなにかよかろうと思うけれど、
もう確認することは出来ない。
あの人は「僕の蛍」と思っていてくれただろうか。

突然どうしたのだろう。まあ、それだけこのプログラムが名作だということかな。

このプログラムはシングルスケーターのショーナンバーではない。ペアである。
ただし、相手は女性スケーターではなくて、歌う聖子さんの声だ。
町田さんは公式HPの解説にあるように「相聞歌」として聖子さんの歌に呼応して
演技をする。
聖子さんの歌声に応えつつ、アレンジの音をそこかしこできめ細かく拾って舞う。
そのため、歌い手の松田聖子さんが強い存在感を持って立ち上がってくる。そこに
いるかのように。

私との日々を忘れないでねと歌われれば、伸ばした手の両こぶしを固く握りしめ、
全身で「ああ、忘れるものか」と訴える。
サビの「あなたに逢いたくて」の部分では、腕で相手の女性の幻をかき抱きつつ、
イナバウワー(上半身をのけぞらせない足元だけの正式バージョン)で、リンクを
飛ぶように疾走する。
曲そのものが三次元の立体映像のように立ち上がってくる、
さながら、ロバートサブダの飛び出す絵本のごとくに。
しかし、この絵本の物語は、「アリス」でも「ハリポタ」でもなく、大人の香りの
匂い立つ、誰もが知っているかもしれない、しかし「私だけの」心の奥の不可侵領
域の物語である。

昨年のアイスショープリンスアイスワールドの、新横浜公演も、東京公演も観たん
だけど、若いころからの課題だったスケーティングスキルが素人目に見ても上がっ
ていて、まるでイルカのようにリンク中を駆け巡る。現地鑑賞の幸福を満喫致した
次第。
本人による解説に「想いはスピードにのせて」とあったが、レベルを上げるために
相当鍛錬されたのだろう。町田さんは表現のためになら何でもできる人なんですね、
やっぱり.

このプログラムの様々な要素の中に彼の過去プロの片鱗が見えるとして、もしかし
たら、似通っていると批判する向きもあるかもしれないが、
この部分にこの表現を用いるという法則性があると感じられ、この凝りようはもう、
彼のアルファベット、もしくは「いろは」であるので、例え誰に何と言われようと
このプロはこういうプロなのだろう。
いくらか要素を抜いて過去プロとの重複を避けることも出来ただろうし、ああいう
方だから、当然わかっているだろうけどそうしないのは、やはり彼がスケートを通
して表現する自身の言語を大切にしているからなんだろうな。
私は盲目的な素人ファンなので、そういう風に理解しておく。

間奏に入る前のスピンが情感があって素敵だった。気持ちの揺れを包み込んで回る。
回る。
自作振り付け作品の二作目にエリックサティ―の「ジュトゥヴ」を使った恋愛もの
のプログラムがあるが、あの作品のスピンとはまた違う味わい。
あれは、恋する歓びがうきうきと内側から発している回転に見える。差し上げた腕
の形も美しいレイバックスピン。当然チュチュは着ていないけど、オルゴールの人
形のように美しい。

その「ジュトゥヴ」の最後で恋人の残したピンクのスカーフの残り香を嗅いで上を
見上げる場面があるのだけど、私はこのセルフコレオを見た時に、五感をカバーし
たかったのかなあと思った。
フィギュアスケートでは、通常視覚と聴覚はどのような作品でも刺激できるけれど
も、他はなかなか難しい。
「ジュトゥヴ」では、スカーフの香りを嗅ぐことで、嗅覚を想像させ、失われた恋
人のイメージをくっきりと描き出している。

今作においては触覚を付け加えた。
繰り返される「あなたのぬくもりを」の歌詞の部分でそれぞれに、バレエでいうプ
リエのように両膝を沈み込ませ、唇を指先ですーっとなぞる仕草や、手のひらを襟
元から差し入れて自分の胸にあてる振付があり、その感触がこちらにも伝わってく
るようだ。その動きが洗練されていて、下品な感じがしないのが流石である。
密かな胸狂わしさ。

残るは味覚なんだけども、そうだねえ、次はオレンジか何か齧っていただこうか。
なんつって。ああ、飲み物でもいいわけか。ワインとか。
(実際は五感をカバーしたいのではなんて言うのはただのあてずっぽうなので、
外れてる可能性が高いんだけど。)

ファンとしての希望を言うなら、ほんとうは町田さんご本人の個人的な「愛の不可
侵領域」は永久に封印しておいていただきたいけどね。
知りたかないわい、そんなもの。
まあ、どうせ焦りまくる我々の姿を見て、心の中で微笑んでいるんだろうけど。
その意地悪なところと、全力で最高の作品を創りあげ、ファンへ届けようとする絶
大な優しさとが矛盾せずに同居しているのが、面白いところだ。

スケーターとしては修行僧よりもストイックでありながら、ドンファンよりも女性
の感情の機微を知り尽くしている。
老若問わず女性ファンを振り回すくせに、ふとしたことですぐに面を赤くする。
演技の振れ幅以上に、この御仁の中身の振れ幅も相当で。
何千回目くらいかに思うわけだ。この人、どういう人なんだろうと。

そんなこんなで、「現状維持は退化」だと言うマチダさんは、例によって封印好き
である。
このプロもすでに封印されて公演終了。
濃厚でありながら純粋な恋を終わらせて、「プログラムという恋人」に別れを告げ
ている。
今年はどんな作品になるんだろう。



DATE: 2017/01/15(日)   CATEGORY: スピリチュアル
受験生ユーダの日常
 実をいうと、ユーダは受験生である。受験生なので、勉強が必要である。
もんのすごく必要だ。めちゃめちゃ勉強せねばならない。
けれども、例によって色々な事が起こる・・・

ある時、彼が場所を変えたら集中できるだろうと別室で(うちはそんなに広くな
いけど)勉強することにした時の事。
しばらくして、私が様子を見に行ってみると、机に向かったまま、前方の左辺り
をぼうっと眺めている。
「何してんの?」と尋ねる。
すると、「キャメルのダッフルコートを着た背の高い女の人が、立ってる。」と
見ているところを指さした。
ユーダの指さす先は、普通に飾り戸棚が占拠している空間である。
次元が違うところに存在しているというか、まあ、霊体でしょうね。
顔は良く見えなかったそうで、「誰かを待っているみたい。」と言っている。
「100年くらい」ええ?
ここ日本だし。ダッフルコート着てて、100年はないんじゃない?と言ったら
気のない風で「そうかあ」と応えた。

まだある。これは夜遅く。食事をするダイニングテーブルでユーダは英語の勉強
をしていた。
私も同じテーブルで付き合って文章を書いていた(下書きは手で書く事も多い)。
勉強がひと段落ついて、ユーダが受験に持っていくシャーペンの話をし始めた。
すると・・・

神棚のある隣の部屋から何か聞こえたらしく、ふっと耳を澄ませる様子になる・
・・甲高い声が聞こえたらしい。こんな感じ。

あい はぶ あ ぺえん!!!

ちっちゃい子みたいだ。誰だかわからないけど、勝手にシェークスピアの「真夏
の世の夢」に出てくるいたずらッ子の妖精パックを連想した。
随分、流行りもの好きだねえ、キミ。

そして、いつもユーダのガイドとしてついているアーガイルも・・・
歴史の勉強をしている時に、色々ぶっこんでくる。
先日は『出雲の阿国』のことをこう評していたらしい。
「現代で例えるなら、きゃりーぱみゅぱみゅだな。」
主にファッションの方面でのことだと思うけれども、阿国は、かの時代における
きゃりーちゃん級のインパクトのある恰好をしていたんだね。
わかりやすいけどあれだ、アーガイル。受験には直接関係なくないかい?すまな
いが、混乱すると思うんだよ、ユーダは。
「あなたはアカシックに入れるんだから、その内容からサポートしてよ」
と要望してみた。以下がその応えである。
「ほんとにいいのか?アカシックから読み取った正確な歴史をテストで答えたら、
バツになるよ。」
うっ、確かにそうかも。日本の歴史にはきっと我々がひっくり返るような事実が
ある。
(私は「竹なんとか文書」は本当の話だと思っている。あの、この国の象徴であ
らせられる御方のご先祖が、龍の姿をしているという話とか。
中大兄皇子はただ反乱を起こしただけなのだという説もあるよね。)

そんなこんなで、ユーダが受験に集中できているのかどうか、傍から見ていると
大変に心配である。しかし、アーガイルは平気な様子で「収まるところに収まる
から心配するな。」とのたまった。、

 「最初の希望」ユーダ君は、目に見えない世界においては様々に援助があり、
また特別扱いもしてもらえるようだが、三次元においては結構ハードな日々を送
っていたりする。
受験に関してもそうで、こつこつと真っ当にやらなければ成果は出ない。彼のク
ラスメートたちとおなしだ。
ズバリ言うと高校は通過点で、将来を見据えてブレずにどれだけやれるかが問題
なのだろうけど。

堅物でオタクな青春を過ごした私としては、後から思い返してふと愛おしく微笑
むような日常を、今だけの珠玉の日々を思う存分に味わって欲しいと、そこを強
く願っている。




DATE: 2016/12/19(月)   CATEGORY: スピリチュアル
ある夜の問答
 勉強をやっていたはずのユーダが、PCの前の私のところへやってきて、ふいに
言った。
「アーガイルたちと話すことを長い間やめていると、ネガティブな考えが頭の中に入り
込んでくるんだ。」
つながりを持っていた方がいいように出来ているのだろう。アーガイルも、自分以外
に50人くらい(!)サポーターがいると語っていたし。
護ってくれているんだろうね。

するとアーガイルが「チュートリアル(準備期間)のうちに死んだりするんじゃないぞ」
とけろっとのたまった(縁起でもない)。そして、続けた。

「この三次元は、自身が思った通りの存在になれるように出来ている。ネットでいう
ところのアバターのようなものだ。
皆んな、好きなアバターを作っているだろう?何にでもなれる。それを理解すれば
簡単だ。ここまで言えばわかるね?」

この辺で普段のアーガイルぽくない簡潔な内容と、クールな物言いに「あれ、アーガ
イル何処かへ修行にでも行ってきたの?ステージが上がったんじゃないの?」と私
が何気なく語りかけると、翻訳していたユーダがはっとした顔をして、「ごめん。途中
から長珠様が入って来て代わってしゃべってた」と答えた。
「あ、そうなんだ。それにしては存在感が違うね。」
「電話で喋っているような状態だよ。」とアーガイル。
お忙しい身だろうに、いつもポイントを抑えてご指導下さって有難い。

ちなみにそのあと、アーガイルは自分たちの特殊性について楽し気に語っていた
が、私はメモをし忘れてよくわからないことになってしまった。
何でも、無から生まれてきた存在であるとか。
今度アーガイルが時間があって話す気になったときにちゃんと聞いておこう。
ただ、一つだけ。彼らには寿命が無い。長い間生きられるだけ生きて、自分が納得
するある時期になったら、自分で名乗り出て「死」を選ぶという。
「死」というか「消滅」に近いのかな。彼らには永遠の魂はないのだろうか。
いよいよ、アンデルセンの「人魚姫」の記述は真実なのかなと思えてきた。あれは
三百年生きると、泡になるんだっけか。アーガイルたちはもっと長そうだけど。

詳しいことは書けないし、アーガイルやヒーローたちからも、すべてを説明して
もらっているとは限らない。
ところどころ微妙に変えてある場合もある。

ユーダにも何らかの使命があるようである。目標設定は緩めらしく、冒頭に書い
た問答の後やってきた名も知れぬ「アーガイルの友人」(アーガイルは彼と待ち
合わせをしていたらしい。人ん家で 笑)があっさりと言っていた。
「あまり気負わないで生きればいい。自分にできるだけでいいんだよ」と。

次々に同様の役目を持った魂も生まれてくることになっているそうだ。
初めに生まれてきたのがユーダである。

だからユーダは、彼らに『最初の希望』と呼ばれている。






Copyright © 空が青いように・・・見えない世界の備忘録. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。